1995年1月17日。あの朝の揺れと、続く数か月の暮らしを、わたしはたぶん一生忘れません。当時、神戸の自宅で被災したわたしは、「備えていたつもりで、何も備えていなかった」ことを思い知らされました。
あれから30年以上が経ち、いま改めて防災について語るときに、わたしが伝えたいのは「完璧を目指さなくていい」ということです。立派な防災リュック一式を一度に揃えなくても大丈夫。それよりも、命を守る最優先のものを、まず4つだけ確実に。これが、わたしが経験から学んだいちばん大事なことです。
今日はその4つと、それ以外を「無理なく少しずつ揃える」ための考え方をお話しします。
なぜ「一度に全部」を目指すと失敗するのか
防災グッズリストを検索すると、本当にたくさんのものが出てきますよね。リュック、寝袋、簡易トイレ、ラジオ、保存食、ヘルメット、軍手、ロープ……。全部揃えようとすると、
- 出費が大きすぎる(数万円〜十万円超)
- 置き場所に困る
- 結局やる気をなくして放置してしまう
- 「揃えた」だけで満足して、使い方を覚えない
わたしの周りでも、被災後に「立派なリュックは買ったけど中身を確認したことがない」「賞味期限を3年前に過ぎていた」という話をよく聞きます。
大切なのは、「命を守るための最低限を確実に」。それから少しずつ広げていく順番です。
最優先その1:住宅用消火器(粉末タイプ以外を)
意外に思われるかもしれませんが、わたしが「まず買って」とお伝えしたいのが消火器です。
阪神大震災のとき、地震そのもので亡くなった方も多くいらっしゃいましたが、その後の火災による被害も非常に大きかったのです。揺れで倒れた家具、切れた電気配線、ガス。出火から延焼までの数分間に対応できれば、自宅と近所を守れる可能性があります。
選ぶときの大事なポイントは、粉末タイプを避けて、住宅用の強化液(中性強化液)タイプを選ぶことです。
- 粉末タイプは消火力は高いが、後片付けが本当に大変
- 強化液タイプは油火災・電気火災にも対応しているものがある
- 住宅用のコンパクトタイプは扱いやすい
- キッチンに1本、玄関や階段近くにもう1本あると安心
被災経験者として申し上げますが、家族みんなが使い方を確認しておくことも同じくらい大事です。買って終わりではなく、ピンの抜き方、ホースの向け方、立ち位置、3つだけは家族で共有しておきましょう。
※消火器の選定や設置については、製品の取扱説明書、お近くの消防署や認定販売店の案内をご確認ください。
最優先その2:閉じ込められたときの「音を出す道具」
倒壊した家屋の下から救助されるとき、いちばん大事なのは**「ここに人がいる」と知らせる音**です。
よく「笛」が紹介されますよね。でも実体験から申し上げると、笛はあまり現実的ではないと感じています。
- 強い力で吹き続けないと音が出にくい
- ホコリで口の中がカラカラになっていて吹けない
- 高齢者や子どもは肺活量的につらい
- パニック状態では吹くこと自体が難しい
そこでわたしがおすすめしたいのが、ネックレスタイプの防犯ブザーです。
- ピンを引くだけで大音量
- 小さな子ども用のキッズ防犯ブザーで十分
- 電池式で握力・肺活量を必要としない
- 首から下げておけばすぐ使える
- 価格も1個1,000〜2,000円程度から
これを枕元、玄関、リビングに1個ずつ置いておくと安心です。子ども用と書かれていても性能は十分。むしろ軽くて扱いやすいくらいです。
電池が切れていないかは、半年に一度チェックしてくださいね。
最優先その3:踏み抜き防止つきの靴
地震直後の家の中、想像以上にガラス片や釘・破片だらけになります。実体験として、これは本当にすごい状態です。
そこで必要なのが、踏み抜き防止インソール入りの靴。
- スニーカータイプの安全靴(踏み抜き防止プレート入り)
- 玄関に1足、寝室の枕元にも1足ずつ
- スリッパでは絶対NG(ガラスは普通に貫通します)
- 100均の薄底スリッパは命に関わるレベル
- ホームセンターやワークマンなどで手に入る
価格は1足3,000〜6,000円程度。家族の人数分、玄関と寝室に置いておきましょう。「夜中に被災して裸足で逃げる」が、いちばん危ない状況です。
特に寝室の枕元に1足は、命を守る投資だと思ってください。
最優先その4:水(最低3日分)
これは多くの防災情報で言われている通りですが、水だけは絶対です。
- 大人1人あたり1日3リットルが目安(飲料・調理用)
- 最低3日分、できれば1週間分
- 4人家族なら3日分で36L、1週間で84L
- 飲料水とは別に、生活用水(洗い物・トイレ)も必要
「そんなに置けない」という方も多いと思います。我が家ではキッチンの床下収納と、各部屋のクローゼットに分散して置いています。1か所にまとめないことで、被災時に取り出せる確率が上がるのもポイントです。
賞味期限の管理が面倒なら、**長期保存水(5年・7年・10年保存タイプ)**を選ぶのもおすすめ。少し割高ですが、入れ替えの手間が大幅に減ります。
詳しくは別記事「水の備蓄はどれくらい必要?暮らしに合わせた考え方」で書きますね。
この4つを揃えたら、次に考えること
最優先の4つが揃ったら、次は次の段階に進みましょう。
- 停電対策(懐中電灯、ラジオ、モバイルバッテリー)
- 食料の備蓄(ローリングストック)
- 簡易トイレ
- ヘルメット、軍手
- 救急セット
- 防災リュック(持ち出し用)
- 家族の連絡方法、避難場所の確認
これらは、月に1つずつ、給料日の後にひとつ買い足す、というペースで十分です。「1か月にひとつ」と決めれば、1年後には12個揃っています。
子ども・高齢者・ペットがいる家庭は「特別な備え」も
家族構成によって、追加で必要なものがあります。
子どもがいる家庭
- 子ども用の踏み抜き防止サイズの靴
- 子ども用の防犯ブザー(必須レベル)
- ミルク、おむつ、離乳食の備蓄
- 安心できるおもちゃ・絵本を1つ
- 子どもの写真(はぐれたとき用)
高齢者がいる家庭
- 常用薬の予備(最低1週間分)
- お薬手帳のコピー
- 入れ歯、補聴器、メガネの予備
- 杖や歩行補助具の予備
- 大人用紙パンツ
- 体力を考えて、軽めの非常持ち出し袋
ペットがいる家庭
- ペット用フード(最低3〜7日分)
- 飲料水
- リード、キャリーケース
- ペットシーツ、トイレ用品
- ワクチン証明書のコピー
- 持病薬
ペットは家族の一員ですが、避難所によっては受け入れ条件があります。事前にペット同伴可の避難所を自治体に確認しておくと安心です。
「いつ起きるかわからないから、いま」
阪神大震災のとき、わたしは「自分の街では大きな地震は起きない」と本気で思っていました。地震が多い地域というイメージが当時はなかったんです。
でも、いま言えるのは「どこでも、いつでも起きる可能性がある」ということ。日本のどこに住んでいても、自然災害から完全に逃れることはできません。
完璧を目指さなくていいから、まずは今日、最優先の4つをひとつだけでも検討してみてください。「住宅用の中性強化液消火器」「ネックレス型防犯ブザー」「踏み抜き防止スニーカー」「水」。このどれかひとつから、始められます。
まとめ:完璧より「最優先を確実に」
防災グッズを揃える順番は、
- 住宅用消火器(粉末以外、強化液タイプ)
- ネックレス型防犯ブザー(笛より実用的)
- 踏み抜き防止靴(玄関+寝室)
- 水(1人1日3L×3日分以上)
この4つを最優先で揃えてから、月1個ペースで他のものを足していく。これが、わたしが30年かけて学んだ「無理なく続く備え方」です。
防災は不安を煽るためのものではなく、安心して日常を過ごすための準備です。今日の小さな1歩が、家族の命を守ることにつながりますように。
注記
- 本記事は阪神大震災を経験した筆者の体験と、その後得た知識に基づく工夫の紹介です。地域・住宅条件・家族構成によって必要な備えは異なります。
- 消火器の選定・設置・使用方法は、必ず製品の取扱説明書および消防署・認定販売店の案内に従ってください。
- 安全靴・防犯ブザーなどの選び方は、家族構成・体力に合わせて検討してください。
- 防災・避難に関する公的情報は、内閣府防災情報、各自治体の防災ポータル、消防庁などをご確認ください。
